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ー読書日記ー#3 公共哲学とは何か 山脇直司


 アマゾンのブックレビューで非常にうまいのを見つけちゃったんでなかなか書く気が失せたけど。

リベラルな文体ながら、決して普遍主義一辺倒にならない形で公共性の在り方を描いている。「活私開公」は本書のメインテーマであり、最終的な目標でもある。これは戦前戦中の「滅私奉公」や、現代の過度の個人主義(「滅公奉私」)を否定し、全体主義でも個人主義でもない、「個人を活かして公共性を作り出す」という新しい発想である。さらに筆者は、公共性を単なる公私二元論のレベルではなく、政府の公/民の公共/私的空間 という三つの段階から論じている。そしてこの「民の公共」を、古代ギリシャの時代から現代までに至るまで、思想史的になぞっていくのが本編の前半部分であり、公共哲学についての入門書としては大変分かりやすい。
 また公共哲学の射程範囲を、政治・教育・宗教・自然哲学など様々な分野に横断させ、かつて科学がその根本を哲学に求めた時代の感覚を呼び起こそうとしている。特に経済分野に関しては、経済を単なる私的空間とせず、法体系との関連性から公共性を説いた点は新鮮だった。

 ただ、結局の所入門書であり、300ページに満たない新書の形式ゆえか、教科書的な感触が強く残る。公共哲学という学問に興味を持つきっかけにはなりうるが、一つの実践書として見るとやや方法論が抽象的・楽観的な部分はある。日本が急速に保守化しつつある現在、本書の切り口は新鮮ではある(新鮮と感じてしまうこと自体、個人的には違和感というか、危機感を覚えてしまうのだが)。筆者の最終的な論点である「応答的で多元的な『自己ー他者ー公共世界』論」も、単なるマクロレベルでの議論に終始せず、個人が自分の所属する地域社会や職場、NPO等の中間団体、共同体など様々な領域での階層的アイデンティティを持つことでその延長線上に地球規模の市民性を自覚させるという論点で、ミクロレベルの議論も一応形をなしている。だが、個人がそういった階層的アイデンティティを持つインセンティブが一切語られていないのもまた事実である。個人が地球市民的なアイデンティティを目指す、何かの動機付けというのが、足りない気がする。正直、入門書にそんな具体的な方法を求めるのも酷だし、そんな簡単に民衆の意識を変えられるインセンティブがあったらそれはそれで困るのだが。
 とはいえ、先の下流社会のように下手な議論で無駄な世論を形成するわけでもなく、公共哲学という比較的新しい学問領域を活性化するのには十分なのではないか。より具体的で深遠な方法論については、更なる文献の探索によってまかなわれるであろう。ですます口調で読みやすいこともあり、人文・社会科学系の方は一度気軽に読んでみる価値はあると思われる。