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絶倫ファクトリー

生産性が高い

犯罪者と厳罰

二週間も書いていませんでした。書きたいことがなかったのが一番の原因ですが。つかネットから離れてました。

今朝一限を寝過ごして見ていた朝の報道番組に、奈良の女児殺害事件の犯人の弁護士が出ていました。
彼は犯行が犯人の過ごしてきた環境(いじめだとか親戚の死だとか)によるものであって、そうした環境が違えば犯行は起こらなかったと言っていた。
ここでその番組の女性ゲストがまたつまんないこと言うんです。
「でもそれはエクスキューズにはなりませんよね?」
そりゃならないよ。ならないって弁護士も言ってました。でもそういう問題じゃないのですよ。何でそこでエクスキューズうんぬんの問題にしたがるのだろう。彼女の中では罪の理由如何によってはもしかしたらエクスキューズになる場合も存在するのだろうか。
そのくせ、彼女は弁護士の「環境が違えば犯行は起こらなかった」という発言に「そうかな〜」と疑問を呈しています。何がしたいんだ。要は本質主義的に、犯罪と犯罪者を固く結びつけたいのでしょう。
でもそれは単なる犯罪者への感情的なフォビアであって、弁護士が後に続けた「そうした環境要因を探ることで、今後の犯罪を減らす」という建設的な目的から外れてます。
「悪いやつですねー」
「そうですねー、許せませんね。死刑で当然ですよこんなやつ」
「じゃあ次のニュースです」
これじゃ意味ないんです。まぁ番組的には意味があるというかありなんでしょうが。
大体性犯罪者なんてのは、法の厳罰化による抑制が効きにくい部類の犯罪者なんです。だからことさら犯罪者の悪質さを煽って厳罰厳罰で進めていっても、その先の予防という観点にはつながらない。もうちょっと視野をワイドにして、「なぜおきたのか・どのようにすれば防げるのか」を長いスパンで考えないと、減らないどころか増えていくと思うのです。それも凶悪性の高い性犯罪が。

まぁ、ああいうテレビでしゃべってる人たちは別に減らすつもりなんかないでしょう。減ったら自分たちの話のネタが減りますから。