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絶倫ファクトリー

生産性が高い

いじめと自殺―数理的解決手段―

いじめ問題

あんまりこの話題について書く気は無かったんですが、レポートで扱おうかと思ったのでメモ程度に。

いじめの発生件数・自殺の発生件数については今のところうまい資料が見当たらなかったので、
1.はてなダイアリー
を参考に。

あとは統計的ではないんですが、
2.子どもに関する事件・事故一覧 1
こちらは事件史的にいじめ自殺を見ることが出来ます。

ちなみに文科省の99〜05のいじめによる自殺がゼロというのは、二番目の資料を見る限り全く信用ならないということです。
少年凶悪犯罪の件と同じで、実発件数と認知件数の間に暗数があるわけで。さらに犯罪の場合は種類をすぐにカテゴライズできますが、いじめの場合はそれがいじめによる自殺なのかどうかを認定する間にも暗数があります。よって統計によるデータは事実を把握したい場合、あまり参考にならない。

で、二番目の資料を参考にしてみると、いじめによる自殺は1980年以降、
を筆頭に、1985-86、1995-96、そして2006と、件数・世間の扱い共に大きくなるのが10年単位のスパンがある。つまり波があるわけです。

何故波があるのか?一つには自殺の報道が自殺を助長するという点が挙げられる。
wikipedia-「いじめ」の項より

一般的に、自殺報道が別の人の背中を押す形で、次々と自殺が頻発することがあると知られている。こうした自殺を群発自殺(cluster suicide, suicide contagion)と呼ぶ。群発自殺を避けるための自殺報道に対するガイドラインは世界保健機関(WHO)や諸外国ですでに作成され、一定の効果を挙げている。しかし日本のメディアにおいては周知が徹底していないか、意図的なネグレクトが行われているかはさだかではないが、こうしたガイドラインが実行されるケースは稀である。

まぁここでも報道バカじゃねーのということになるのですが、それは置いといて。
自殺が自殺を呼ぶことは分かりましたが、では最初の自殺が発生するのは何故か?それはもちろん、いじめ→自殺に繋がるプロセスをとめる特効薬が出来ていないからです。出来てりゃどっかで解決して、天然痘みたいに消滅してる。そうはなってない。

ということはですよ。現在世を席巻しているいじめ自殺を減らすにはどうすればいいか。短期的な視点で言えば、こういうこというとまた怒られそうですが、「放っておけば減る」ということです。別に僕が放っておけと言いたいのではなく、このまま文科省への自殺予告が続けば、石原知事が「迷惑だ」と言ったように倦厭感を示す人間が出てくるかもしれない。そういう人間がまず口に出しそうなのは、いじめ自殺の件数を数理的に処理して「5年たてば減る」とかいう台詞。僕の危惧はそこにある。どこがいけないんだと聞かれるとやや答えに詰まりますが。

85年、95年、06年と自殺件数の波のピークが本当にあるとすれば。その間に起こった社会や教育における変動はいじめ自殺という事実に収斂される。ではこの20年の間、何も変わっていないのか?
問題は件数ではなく、自殺の背景や条件を調べて、それを社会なり教育の変動と照らし合わせる必要があると思うのです。
で、そうした背景や事情を隠蔽する学校の体質。これが最大の障害でしょうね。
↑指摘があったので追記。
僕は別にいじめの問題を全て学校に帰結させたいわけじゃない。nyaroの言うとおり全ての生徒の人間関係を学校側が完全に把握してたらそりゃまた別の意味で問題だ。
同じことは「いじめをゼロにする」というフレーズにも言えるわけで。これは殺人事件をゼロにするってのと一緒で、基本的に無理。もちろん、軍隊よりも厳しい鉄の規律を持ち込み、あらゆる挙動を制限・監視して少しでも違反したら射殺、とかにすればなくなるんだろうけどね。それはいじめよりもずっと問題だ。
上のは言いすぎだけれど、nyaroの危惧している(であろう)学校教育ファシズムとでもいうべき現象は、確かに歓迎すべきではない。が、今のままだといじめ問題を介して現実のものになりそうではある。