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絶倫ファクトリー

生産性が高い

「不安」は金が勿体無いからやめろという話。

社会学 監視カメラ

監視カメラ付けて子供にGPS携帯持たせてるような「不安」な人々には、「金が勿体無いからやめろ」で良いんじゃないかという話。(12/18 文章下段に追記)


以前実家に帰ったときに母親と話していたら、件の「少年犯罪神話」―少年犯罪は近年増加していて、凶悪化しているという神話―及び「外国人犯罪神話」に見事に染まっていて愕然とした覚えがある。
しかしそれらが「神話」だという言説は、ちょっと社会科学系の言説に触れていれば耳にしそうなものなんだけれど、逆に触れない人間にとっては全く知らない話なんだなということを痛感した。多分これはうちの母親に限った話ではなく、世間の大多数の認識なんだろう。

そうした「神話」に基づいた認識から、やれ監視カメラだやれ子供にGPS携帯だやれ厳罰化だという「現実」が生産されるのはちょっとおかしいんじゃないか。そう思って「神話」の解除をしようと、統計を精査したり確率論的展開をしている人は、数は多くないけれど存在する。けれどどうも彼らの声は届いていない気がする。たとえ届いたとしても、「だって不安なんだもの」と居直る人が数多くいる気がする。

もちろん、言説はその「不安」の不当性を指摘して、つまり事実はどうなっているのかということを話して「神話」を解除しようとしているのだけれど、彼らの不安はそもそも事実に依拠していない。知り合いや親戚が凶悪犯罪に巻き込まれた人間というのは数としてはそこまで多くない。成城の監視カメラ群の中で暮らす人々のうち、実際にそうした犯罪の関係者になった人間はそういないはずだ。彼らの多くはメディアを通して形成されたカギカッコ付きの「事実」に依拠して「神話」を作り上げている。

けれど、だから「マスコミが悪い」という話にしたいのではない。そういう人たちにどう対処すべきかという方法論において、単に事実を啓蒙するというやり方だけでは効かない、また別の手段が必要なんじゃないか、という話。

そうなると、もう彼らへの処方箋は端的に「金が勿体無いからやめろ」が分かりやすくて良いと思う。子供にGPS携帯持たせても死体の発見が早くなるだけですよ、とか、お金持ちのお宅だけ監視カメラつけても犯罪は周囲に移動するだけで周りの一般人が迷惑しますよ、とか。厳罰ばっかりで犯罪者バシバシ社会から排除してるとこんなになっちゃいますよ、刑務所にかかる費用が増えますよ、とか⇒「福祉施設化」進む刑務所 龍谷大・浜井教授に聞く|女子リベ 安原宏美--編集者のブログ

あと同じ安原宏美さんのブログからもうひとつ引用させてもらうと

2006年に「子どもの安全」に不安が集まって、予算化した金のほんの一部が以下です。

文部科学省 

      • 子ども安心プロジェクト 2億円
      • 地域ぐるみの学校安全体制整備 14億円
      • 子ども待機スペース交流活動推進事業 7億円
      • 地域で子どもを見守る全国ネットワークの構築 1億円

警察庁 

      • 地域安全安心ステーションモデル事業 1億3000万円
      • 子供緊急通報装置 2000万円
      • 街頭緊急通報システム(スーパー防犯灯) 2億2000万円

 福島県---学校周辺のパトロールを警備会社に 2300万円
 栃木県---警察官OBスクールサポーター 4700万円
 東京都---公立小学校へ防犯カメラ 10億5600万円 ( ̄□ ̄;)!!

せっかくなんで取り調べ室にスライドしたらどうなのでしょうか?
 大阪府---ネットで電子地図提供 3100万円
 山口県---商店街で防犯教室 街頭緊急連絡装置 3400万円

「不安も事実である」とか言い出す人たち|女子リベ 安原宏美--編集者のブログ

これだけ引っ張ってくると、東京とそれ以外の地域で子供の命の値段に圧倒的な格差が出てくることになるけど、いいんでしょうか。*1凶悪犯罪増加神話は別にどこの地域が特に増えたとかいう地域性を帯びてないし。*2

住んでる場所によって「命の値段」が違うってのは別に子供の安全に限らず医療とか福祉とかでも言えそうだ。個人のお金にしろ、行政の金にしろ、「無駄ですよ」ということを言えたらもちょいスマートに社会の「不安」を解除できそうな気がする。

……ちなみに冒頭に母親の話を出したけど、父親は「あー、あれって警備会社の陰謀でしょ?」と当たらずとも遠からずな陰謀論で看破しなさった。僕は陰謀論嫌いなんだけど、この場合はそういうことにしておいた方が良いと思った。

・追記 12/18
引用先のエントリに対するリンクが抜けてたので張りました。
あとコメント欄でいくつか指摘を受けたので追記。

僕がセキュリティにお金を費やす今の風潮を「勿体無い」と考える理由は以下。

  1. 監視カメラは、「抑止」を想定する場合、同時に犯罪が行われる物理的な移動の可能性を発生させる。コンビニやATMなど狭い空間内では複数のカメラの設置によって抑止効果は高まるが、住宅街という広大な空間においては、ある一軒、ある一区画といった箇所に限定してカメラを設置することは、抑止と同時に周囲の住宅への犯罪の移動の可能性をもたらす。カメラを付けた家のリスクは低減するかもしれないが、地域全体のリスクは低減されてない。自分の家にカメラを設置したが故に隣の家が襲われたとなっては、「不安」は解消されないのではないか。
    1. 上記の理由で、税金を一部地域に投入することはより勿体無い。税金は全体の利益になることに費やすべきである。

あとブックマークのコメントで

地方に住んでいて学生で守る家族がないとこういうことが気楽に言えるらしい。

とのご指摘を受けましたが、それはその通りかもしれません。僕がもし家族を持つ都市部の一般的サラリーマンとかだったりしたら、多分子供にGPS携帯持たせて(金があるかどうかにもよりますが)セコムとかうっかり入ってるかもしれない。
これは次のような問題に繋がるのでしょう。社会科学的な言説は、「統計的には別に少年犯罪増えてないよ」「カメラ付けても犯罪が移動するだけ」「GPS携帯持たせても死体が早く見つかるだけ」という問いに応えてから「不安」を訴えよ、というでしょう。しかし「不安」を訴える人は、私たちの実存的不安に応えてからそうした指摘をしろ、と言うでしょう。どっちが先なのか、立場によって優先順位は変わってしまうので、この二項対立では問題が先に進まない。だから僕は「勿体無い」という言葉を使ったというのもあります。「勿体無い」という言葉を使ったのは、「不安」の存在を仕方の無いものとして引き受けた上で、人々がその不安の解消法に使っている現在の手段が不毛であり、別のやり方を模索すべきだという提言をしたかったがためでもあります。「不安」の存在そのものを否定はしない、というか実質的に否定は無理ですので。

*1:例えば東京都の小学生の数が約60万人、福島県が約12万人。単純に比較しても許される差は5倍まで。

*2:そのことも問題だと思うんだが