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絶倫ファクトリー

生産性が高い

ハイコストパフォーマンスな『Twitter社会論』

読書日記 twitter論

Twitter社会論 ~新たなリアルタイム・ウェブの潮流 (新書y)

Twitter社会論 ~新たなリアルタイム・ウェブの潮流 (新書y)

ジャーナリストの著者らしく、エピソードごとの掘り下げ方が深い。Twitterの黎明期の紹介にしても、SMSの進化形であるという点から、SXSWアワードを受賞していたエピソードまで、きっちり押さえている。Twitter本の中では、かなり密度の濃い本になっている。新書という厚さと値段を考えると、コストパフォーマンスがとても高い。
そうしたスタンスのせいか、Twitter上では「初心者向きではないのでは」という評価も散見される。だが初心者向けであることと、情報密度の濃淡はパラレルではない。扱うトピックが「広すぎる」なら、これからTwitterをはじめようという人には向かないかもしれない。しかしそれぞれのトピックの掘り下げ方が「深い」ならば、むしろ本当にTwitterが何か知りたい人間にとって、最も堅牢な入り口となりうるのだ。

この本は内容をまとめたくなるというよりは、読んで自分も何か書きたくなる本である。読中に考えたことをいくつか記しておく。

情報を生成する土壌としてのTwitter

Twitterの開発エンジニアの一人ジャック・ドーシーの信念は、「人間同士のコミュニケーションは、得てして他愛もないことから始まる」(本書 p.16)だという。
そして本書にも出ている、米国Pear Analyticsの調査によれば、Twitterのつぶやきのうち40.5%は意味のない会話だという。
Twitterへの投稿、40.5%は「意味のないおしゃべり」--米調査 - CNET Japan

この話のキモは、一定の規模以上の人間を放り込んで、勝手にしゃべらせておけば、半数近くは意味のあることをしゃべるという点にある。つまりTwitterで生まれた有意義な情報は、それと同程度の他愛のないコミュニケーションを土台として生成されているということだ。Twitterを使いこなす、とくにビジネスライクに使いこなそうという人たちの間では、ユーザーとしての質の高さが問われるらしい。そしてそういった人々からすれば、他愛のないコミュニケーションや独り言は「ノイズ」に当たるらしい。だがTwitterからこうしたノイズを除去してしまえば、「意味のある」つぶやきが生まれる土壌もなくなってしまう。

ネットの「次のステージ」とは

Twitterが属人的なツールであるということは、本書のみならず様々なところで散見される。本書の場合、それは人間の「コンテンツ化」という言葉で表現されている。それは、本書が大きなトピックとして扱っているTwitterと政治の関わりにも影響を与えることになる。本書では、

公職選挙法が改正され、ネットで情報発信することのインセンティブが高まれば、ツイッター議員が増えることは十分予想できる。そうなればどぶ板的人情論でなく、冷静に政策ベースで支持する議員を選びやすくなるという意味でネットユーザー側にも大きなメリットがある。(本書 p.131)

とある。だがこれは「冷静に政策ベースで支持する」という行為ができるだけのリテラシーを、有権者が持っているという前提が挟み込まれている。そして人間のコンテンツ化とは相容れないように思える。属人的な面白さやユニークネスがはっきりし、その上それが容易に数値化され可視化される空間において、はたして有権者が冷静に政策ベースで支持するようになるだろうか。

津田氏は幾度かネットユーザーのリテラシーがもっと上がらないといけないというつぶやきを何度かしている。

勝手におもしろがって勝手に期待して勝手に失望して勝手に叩いて――いつまでネットはこの不毛な連鎖を続けるつもりなのかね。いい加減次のステージ行こうぜー。少なくともネットがオルタナメディアだと思ってる人はさ。
Twitter / tsuda: 勝手におもしろが��

なので、こうした「ユーザーのリテラシーが足りないのでは」というツッコミは承知の上で、あえて希望を書いているのだろう。
何より彼はMIAU(インターネットユーザー協会)という団体の中で、ユーザーとしてネットにかかわる立場の最前線にいる人間の1人なのだから。

本書にもTwitterキャズムを超えるか、という話題が勝間和代氏との対談の中で出てきたが、この手の話題になったとき、キャズムを超えていないという人はよく「中高生はTwitterなぞ知らない」という。だがこれは「キャズムを超えたネットサービス」がmixiGREEモバゲータウンくらいしかないという神話にとらわれている。確かにこれらのサービスは若者の支持を得ることで大きくユーザー数を伸ばしたが、ユーザー数を伸ばす手段は、若者に支持されることだけではないはずだ。

ネットユーザーのリテラシーが上昇する/させるという話をするとき、その先に描かれている「ネットの未来」というのは、どういったものなのだろうか。少なくとも現状は、そこに事実と妄想、期待と絶望が入り混じっており、到底コンセンサスなどが取れている状況ではない。Twitterについて考えることで、こうしたネットの「次のステージ」に関する議論が活発になれば良いと思う次第である。