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絶倫ファクトリー

生産性が高い

あこがれは身を滅ぼす

日常を綴る

過度のあこがれは身を滅ぼす。「この人のようになりたい」「あんなふうになりたい」という願望だけが先走り、行動を支配する。願いだけが空回りし、時間だけが過ぎていく。

ロマンティシズムを説明するのによく僕はルームランナーという比喩を使う。走っても走っても実際にはその場から1メートルも動いてはいない。ただ時間と熱量が消費されていく。人生の目的は熱量を消費することではない。あこがれの対象をおいつづけ、滴る汗に自己満足する日々が続くならば、それは人生を確実にむしばみ、最後には「何も残らない」という絶望だけが残る。

つくづく自分は発散系の人間だと思う。目的を達成するためのプロセスを考え、連続的なフェーズに落とし込み、各フェーズを小さなタスクへと分解していく。すべてのタスクが洗い出せたら、それぞれ撃破していく。こうした作業が非常に苦手だ。自分のキャリアを考えるときも、ただその場の「こういうのがかっこいい」というあこがれによってドライブされる。銃弾のように放たれたあこがれは、短期的なアクションには結び付くものの、体系的な知識や経験にはならず、最後は雲散霧消する。熱量は消費されるが、それだけだ。

自分がどこに向かっているのかを確認するとき、大事なのはログである。自分が何をやって、何が新しくできるようになったのか、その差分がタイムスタンプとともに残っているのが望ましい。たいそうなロードマップを引いても、おそらくこの人生そうまっすぐは進みそうもない。ならば単線的な目標設定ではなく、世界を多次元的にとらえて、自分の持っているスキルがどこにボジショニングされているのかを把握していったほうがよい。たとえアクシデント的に自分の状況が変わっても、淡々とスキルをマッピングしていくことで、今何ができてどこに向かうことができるのか、わかるからだ。

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