読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

絶倫ファクトリー

生産性が高い

『思想地図β vol.1』と第11回文学フリマ コンビニ論を書きました。

お知らせ

いまさらですが『思想地図β vol.1』の感想

「晩年のウォルト・ディズニー(一九〇一―一九六六)は死の間際に至るまで、熱心にショッピングモールの視察旅行に出かけていたという」

この速水健朗「なぜショッピングモールなのか?」(『思想地図β vol.1』)の出だしは、ここ数年のあいだに読んだ文章の中でも一番の名文だと思う。ディズニーと消費社会論は切っても切り離せない。そしてショッピングモールもまた、消費社会と都市の繋がりを語る上で外せない。その2つが、ウォルト・ディズニーまさにその人を通じて繋がっている。その事実をさらっと出だしに持ってくるあたり、さすが。

思想地図β vol.1』は、この衝撃の一文で始まる「ショッピング」特集が圧倒的に面白かった。都市計画とショッピングモールの繋がりを、歴史を通じて解き明かしていく様は、物を読んで興奮するということを久々に思い出させてくれた。普段このブログでは、読んだ本や文章の要約を書いてしまうのだが、そうやって紹介しても面白いタイプのものではないし、何より中身ももちろんだがその手際の良さにぐいぐい惹かれる文章なので、まだ読んでない方は文フリ前の予習として是非手にとって見ることをお勧めします。

筑波批評 2011 春』でコンビニ論書いてます

そんなわけで、6/12(日)に蒲田で開かれる「第11回文学フリマ」で『筑波批評 2011 春』を販売します。

実在性のきらめき 塚田憲史

巻頭を飾るは、塚田の『魔法少女まどか☆マギカ』論。

語り尽くされたかに思えるループ構造について、より大きな視点から捉え直す。

形式化と再帰性がもたらす、「実在性のきらめき」とは一体何なのか。

ディファレンス・エンジン』とカオス理論、TAS動画と疑似乱数、『記号と再帰』にチューリングマシンと、『まどマギ』論を越えてSF評論として展開される。

エリオをかまってちゃんでみるアニソンとJ-POP――「Os−宇宙人」論 島袋八起

電波女と青春男』のOP「Os−宇宙人」の歌詞分析を通して、いわゆる電波ソング的なアニソンがJ−POPの表現を超克していくことを論じる。

歌詞の意味だけではなく、音韻や音数など歌としての特徴に注目して分析し、アニソン表現の可能性をあぶり出していく本論は、新しい音楽批評の始まりを告げるものとなるだろう。

現代日本の隙間――コンビニの歴史と日本の消費空間

我々の日常生活には欠かせなくなったコンビニであるが、改めて一体何かと問われたなら、どう答えるだろうか。

その歴史やサブカルチャーの中での表現を辿りながら、コンビニという〈システム〉、〈システム〉としてのコンビニが、現代日本においてどのような機能を果たしているのかを探り出す。

キャラクターは呟きて何を生すか――フィクション論から見るtwitter シノハラユウキ

twitter上では、人間だけではなく架空のキャラクターもまた呟いている。「リアル東のエデン」などの試みを、ウォルトンのごっこ遊び論や渡邉大輔の映像圏論と照らし合わせながら分析することで、フィクションとは一体何か、twitterにおけるキャラクターボットとは一体何かということを問い直す。

http://d.hatena.ne.jp/tsukubahihyou/20110601/1306851768

僕の「現代日本の隙間――コンビニの歴史と日本の消費空間」は、基本的に「なぜショッピングモールなのか?」へのオマージュです。同じく『思想地図β vol.1』に収められた座談会「ショッピングモールから考える」において、北田暁大による「車社会のアメリカから生まれたショッピングモールを、鉄道文化の日本という文脈から切り離して議論するのはいかがなものか」というカウンターがありましたが、日本の文化に最適化する形で広まっていった消費空間といえば、コンビニです。1970年代にアメリカからノウハウを輸入するという形で始まった日本のコンビニは、やがて本家の勢いをしのぐほどに成長します。国内の特殊な規制・歴史的経緯もあいまって、コンビニは日本の文化の中に深く根ざしました。

コンビニというと、ポジティブな語り口としてはだいたいが「流通革命」、ネガティブな語り口は「<生活空間>を浸食する<システム>」「労働問題」など、おおよそ語られ方が決まっていました。が、戦前の百貨店から続く日本の消費空間の歴史という文脈の中で見たとき、コンビニはそういった何かしらの「問題」から離れた、実に特殊な空間だったことが分かります。
……というようなことをつらつら書いた論考です。あと誰かコンビニの出てくるアニメ・ドラマ・マンガ特集とかやってください。そっちは手が回りませんでした。

今回『筑波批評』本誌としては一番論考数が少ない(4本)ですが、おそらく一つ一つのクオリティの平均値はわりと高い気がします。完全に手前味噌こねこねですが。ちなみに「 エリオをかまってちゃんでみるアニソンとJ-POP――「Os−宇宙人」論」の八起さんはシノハラがTwitterから一本釣りした新しい書き手です。筑波批評初の音楽批評をぜひご覧ください。

第12回文学フリマ

開催日 2011年 6月12日(日)
開催時間 11:00〜17:00
会場 大田区産業プラザPiO 大展示ホール・小展示ホール
一般参加方法 入場無料・どなたでもご来場いただけます
(サークルカタログ無料配布、なくなり次第終了)

筑波批評は、1階大展示ホール T−19
(参考:http://bunfree.net/?%C2%E8%BD%BD%C6%F3%B2%F3%A5%B5%A1%BC%A5%AF%A5%EB%B0%EC%CD%F7%A1%CAP-T%A1%CB:title=

http://bunfree.net/materials/kamatamap.gif:image:medium
f:id:tsukubahihyou:20110601222952j:image:w360

まどか☆マギカ論プチオンリー

形而上学女郎館 雑賀さんの主催する、
魔法少女まどか☆マギカ論プチオンリー 企画  〜僕と契約して、批評世界へおいでよ!(仮)〜
に参加します。僕はまどマギには当然ながら一切触れていませんが、「実在性のきらめき 塚田憲史」がまどマギ論になっています。