読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

絶倫ファクトリー

生産性が高い

ブログのコメント欄になぜ聖地が生まれたのか?

ウェブ論

ソーシャルなメディアとしてのブログと、画面の中の“聖地”

最近、ブログとかソーシャルメディアとか、ましてやインターネットとか、そうしたネットにおける「大きな主語」を持った面白い文章を読んでいなかった。これはひさびさに面白いと思った。

前編となっている、

アイドルブログのコメント欄から見る、「君と僕の関係」

これも面白いんだけど、こちらは形態素解析を用いた観察的分析手法の話。ので、ものすごく意外な話が出てくるわけでもない。

(あと過去のメディア、それこそ昔の雑誌の読者投稿欄とかどうなってたのかなとか気になる)

 

で、「聖地」の方のエントリのブコメに聖地巡礼の話があったのだけれど、いわゆるカッコつきの「聖地巡礼」における「聖地」と、このエントリにおけるAKBファンたちの「聖地」はちょっと違う気がする。

聖地巡礼の聖地は、それこそ『ゴーストの条件』等を引っ張ってくれば、現実と虚構の狭間であり、現実を解釈するためのレイヤーといった色合いが強い。けれどAKBファンがブログのコメント欄に作り上げた「聖地」は、もっと動かしがたい、変わらない場所としての意味合いが強い。この「聖地」は、それこそディアスポラを強いられたユダヤ人の聖地に近い気がする。ウェブサービスが普及して、ファンが集まるコミュニティはバラバラになる。ブログ、mixiTwitter……。公式ブログでも、エントリごとにコメントばらけるし。それでもファン同士が戻る唯一絶対の「ホーム」があると、何かこう団結できたような感覚を手に入れることができる。そんな感じな気がする。