これはものづくりの本ではない―クリス・アンダーソン『MAKERS』感想
- 作者: クリス・アンダーソン,関美和
- 出版社/メーカー: NHK出版
- 発売日: 2012/10/23
- メディア: 単行本
- 購入: 16人 クリック: 746回
- この商品を含むブログ (26件) を見る
ものづくりのプロセスがデジタル化されることで、製造業の「民主化」が起こる。大企業が製造と流通を支配し、大量生産大量流通に合う製品だけが市場に出回っていた時代が終わる。これからはアイディアとやる気をもったアマチュアたちが、大企業が取りこぼしたニッチ分野をカバーするのだ――これが本書の大まかな主張である。
大事なのは3Dプリンタではなく、クリエイターのコミュニティ
最近、3Dプリンタや3Dスキャナが注目されている。本書でもそれらは取り上げられているが、これらはモノのデジタルデータ(アンダーソンふうに言えば「ビット」)と実際のモノ(同じく「アトム」)のゲートキーパーにあたる。逆にいえばそうしたビットとアトムをスイッチする以上の役割は持たない。重要ではあるが、本書で言われる「製造業の民主化」の主役はこれだけではない。ものづくりのプロセスがデジタル化すると、資金調達・マーケティング・製造先の委託・製品の改善までもが変わるという。kickstarterを使えば、アイディアに人々が予め「予約」することで、製造資金を先周りして獲得できるし、どれくらいの需要があるのか、市場予測もできる。完成したデジタルデータを実際のモノにするのが難しければ、データをアップすると登録されている各メーカーが見積りを出してくれるサイトがある。実際にできた試作品をネットにアップすると、それを欲しがっている/作りたがっている人々のコミュニティで議論が始まる。時には誰かが製品を改善してくれる。モノが規格化されたデータになることで、誰もがそのデータにアクセスでき、形にしたり意見を述べたり改善したりすることができる。これが「民主化」の真髄である。
ここまで見ればわかるように、本書が「製造業の民主化」を訴える拠り所としているのは、インターネット上に広がるクリエイターのコミュニティと、それをアイディアとマッチングさせるシステムである。基本的に本書はクリエイターのコミュニティがいかにすごいか、そしてそのコミュニティとアイディアがうまくマッチすればどんな面白いことがあるのか。その話しかしていない。なので先にも書いたように、3Dプリンタやスキャナが大事なのではなく、(前著まででも大活躍した)意欲のあるクリエイターの集団が大事なのである。これはものづくりの本ではなく、やはりインターネットの本なのだ。
製造業とクラウドを結びつけるのはミスリーディングでは?
クリス・アンダーソンは新しい概念は作らない。新しい概念を広める力がある。その文章は(翻訳の力もあるが)とても魅力的な一方、強引な部分もやや見られる。例えば、デジタルツールからワンクリックで試作品の発注ができる仕組みを指し、「製造業は、いまやウェブのブラウザからアクセスできる「クラウドサービス」のひとつとなり、(中略)グローバルなサプライチェーンが「規模にかかわらず利用できる」ようになった」と述べている。これはクラウドのイメージをピンぼけさせたまま使っているに過ぎない。自社でサーバサイドの設備を持つと、ピークタイムとオフタイムの稼働率の違いが大きくなり無駄が大きい。そこで様々な地域から顧客を集めて稼働率が安定するように作られた外部のサービスを利用するメリットが生まれる。逆にいえばサーバという、汎用性がありかつスケールメリットを生みだせる設備だからこそクラウドという形態に意味がある。ところが3Dプリンタは汎用性はあるがスケールメリットがない。3Dプリンタはインクコストが多分にかかるため、限界費用は逓減しない。金型をベースにした従来の製造ラインのほうが、スケールメリットはある。ただ汎用性はないので稼働していない時に個人のオーダーをぱっぱと作るといった芸当はできない。製造業とクラウドを結びつけるのは、ミスリーディングだ。