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【嘘日記】メテオ・コード 1【仮題】

 対策に窮した政府は、哲学、社会学、心理学、生物学などの専門家を集め、根本的な解決策を探りました。その結果、希望がもてずやる気をなくしている人々を救うため、日本中の大気をコントロールし、その中に『希望が出る微粒子』を混ぜて、社会の『希望の需要』にあわせて微粒子の量を調節することで、日本人に常に希望を持たせることにしました。
 その結果、今の希望に満ち溢れた社会が形成されたのです。日本の各地にある『希望生成工場』がなければ、私たちは将来への希望を失い、人生の目標を失い、生きる気力をも失ってしまうでしょう。逆に言えば、昔は自分の力で希望を見つけねばならず、本当に大変な時代でした。今の、呼吸するだけで希望を得られる時代に生まれたあなた達はとても幸運な人間だということを忘れてはいけません」

 
 すっかり忘れていた。

 普段から空気を意識して吸っている人はいない。だから空気の中に入ってる「希望」も、意識したことなんか無かった。
 希望の無い世界。生きる目標の無い世界。考えただけで恐ろしい。僕だったらとうに自殺してる。将来に向かって希望がなきゃ、生きてる意味なんてない。先の見えない人生なんてこっちからお断りだ。

 だから、あんな中学校の最初の授業でならうような先生の言葉なんか、今の今まで忘れていた。

 大学のゼミの教授から電話があったのは昨日の夜だった。春休みも始まったばかりの二月の初め。僕は専攻の物理学の研究を四月から始めるため、春休み中の計画を練っていた。
 普段ならない僕の携帯電話だったが、久々の着信相手が教授なので余計驚いた。急いで出てみると、電話口の教授はさらに急いでいた。

 「ああ、良かった。夜分遅くにすまないね。『スペース』になかなか君が現れないもんでね。悪いんだが、至急大学に来てくれないか。私の研究室に」

 「今ですか?いいですが、『スペース』を使っての会話ではダメなんですか?」

 「いや・・・直接話したほうがいい。是非とも来てほしい。緊急事態なんだ。頼む。や、時間が無い、お願いするよ。じゃあ」

 電話は切れた。声や口調からだけでも、普段と違うということが分かった。
 「スペース」とは、昔でいうチャットの進化したものだ。PCを使った簡単なテレビ電話みたいなもので、大学の基本的な講義などはスペースを使って行われている。僕は特別にどこかに行かなければならない用事が無い限り、人との接触はスペースを使って行っていた。
 そのスペースを使わずに直接話したい。つまり教授の研究室でしか説明できないことがあるということだ。おそらく四月から始まる研究についてトラブルが発生したのだろう。そうだとしても、そう焦ることではないと僕は思った。何しろ僕らには常に「希望」があるのだから。


続く