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「不安型ナショナリズム」の疑問点

「不安型ナショナリズム」を読んだ。日中韓の戦後の政治・経済構造の変遷がよく分かる本であった。筆者は現在の若者の右傾化を、後期近代における社会の流動化が生んだ「不安型ナショナリズム」であるとし、前期近代に見られるような国家・企業主体の「高度成長型」ナショナリズムとは別物である、と論じている。

不安型「擬似」ナショナリズムでは?

ところで、読み終わった後にはたと気づいたのだが、僕が探した限りではこの本のタイトルにある「不安型ナショナリズム」が「どのようなナショナリズムなのか」が書かれていない。
「不安型ナショナリズム」が起こる背景は書いてあるのだ。経済の構造変化がおき、社会が流動化した。人々は流動化の中で不安を覚えている。そしてこれは日中韓共通の現象である、と。そこで巻き起こる「不安型ナショナリズム」は「高度成長型」ナショナリズムとは根本的に異なるものだ、と。
ところが肝心の不安型ナショナリズムの中身ないし定義については、僕の読解力のなさ故か見つからなかった。この本はamazonのレビューでも好評で、googleで探したところでもこの本を好意的に扱うブログは多かった。その分、不安型ナショナリズムが具体的に何を指し、どういうものなのかを定義した書評は無かった。「不安型ナショナリズム」が他のナショナリズムと異なるもので、それが社会構造の変化に基づいているものだということは分かった。じゃあそれってどんなナショナリズムなの?

いくつかの箇所から推察すると、不安型ナショナリズムとはどうもインターネット上で嫌韓・嫌中を標榜する人々の行動を指すようだ。彼らは社会が流動化する中で不安を感じ、前期近代の「高度成長型ナショナリズム」の残滓をノスタルジー的に追っている、ということらしい。これはナショナリズムが持ち出されることによって本来の「不安」の根源である社会の流動化から目を逸らす結果に繋がる、と筆者は警告している。
だとするならば、不安型ナショナリズムというのは、流動化による不安に過去の成功体験が挟み込まれた、「擬似ナショナリズム」というべき代物なのではないか。ナショナリズムの皮を被った全然別物である。なので本書のタイトルは「不安型擬似ナショナリズム」とすべきだったのではないか。

社会の流動化⇒ナショナリズム…?

そしてこれはかなり根本的な問題なのだけれど、社会の流動化によって「不安」を感じた人々が何故ナショナリズムに走るのか、という理由が書かれていない。社会の流動化とナショナリズムが結合する必然性が説明されていないのだ。
欧米の事例に関しては、流動化の原因を移民の安い労働力に見出すことで、排外的なナショナリズムが起こる、とされている。しかし日本はそうした状況に無いし、中国の隆盛がそれに当たるとしても嫌韓の理由が出てこない。
流動化によって不安を覚えた人々が、アイデンティティの拠り所となる強固な「国家」を呼び出すという図式はありがちだけれど、この本はアイデンティティにこれっぽっちも触れていない。おそらく意図的に外している。。

となると、鍵になるのは第二章で用いられている「趣味化されたナショナリズム」という概念か。著者は、現在の若者のナショナリズム=不安型ナショナリズムは自分たちの生活に直結するような問題ではなく、メディアを介して入手したシンボリックな事柄に向けられた、「趣味化されたナショナリズム」であるとしている。しかしここも何故不安型ナショナリズムが趣味化されたナショナリズムに接続するのかが、不明瞭である。
いくつかの箇所からこちらの想像力で補うと、今の若者は流動化による「不安」が過去の成功体験という擬似ナショナリズムと結びつくようになり、さらにその「不安」を生み出した後期近代の置き土産たる「消費文化」にどっぷり漬けられることで、ナショナリズムの中でも歴史問題や領土問題といったシンボリックな事柄を消費するようになった、ということなのだろうか。しかしたとえこれが筆者の意図と合致しているとしても、かなり乱暴な接続な気がしてならない。

おそらく本書は、巷で言われているような「若者のナショナリズム=国家主義への第一歩」的なイメージにNOを突きつけることを目的としているのだろう。そうしたイメージが現状とはかけ離れているものだということは分かった。だから「じゃあ今の若者のナショナリズムっていったい何なの」と聞くと、答えが上記のような荒っぽい図式になってしまう。多分著者の本音としては、「ナショナリズムとかつまんないことグダグダ言っとらんで、はよ社会の流動化の方に目を向けんかい!」と言いたかったのだと思う。そこが言えれば今の若者のナショナリズムが本質的にどんなものかということは副次的な問題に過ぎないのだ。

いずれにせよ、ナショナリズムの持つ背景が先行的に語られて、「ナショナリズムってそもそもこれこれこういうものだよね」とい共通了解が提示されていない。案外、予備知識と推測力が必要とされる本である。*1

*1:そして残念ながら僕にはそれが足りなかった