キュレーションサービスとアグリゲーションサービスの違い
こんなものを見つけた。
プレスリリースによれば、「Hot と Like の 2 つのタイムラインで情報収集を効率化する、キュレーション型 Twitter クライアント」だそうである。
http://fuller.co.jp/press/pittaa.pdf
キュレーションを標榜するサービスは2010年くらいから数多くリリースされている。見せ方もキュレーションのロジックもかなり多様だが、その一つに「アグリゲーションメディア・アプリ」というのものがある。
有名なのはここら辺だろう。いずれもTwitterやFacebookといったソーシャルメディアのアカウントを利用し、タイムラインにあるURLを引っ張ってきてニュース風に見せるサービスだ。あとははてなブックマークのマイホットエントリーなんかもそう。
これってキュレーションサービスなんだろうか?
キュレーションとはそもそもなにかを論じ出すと本一冊どころでは済まない話なのであれだが、僕はキュレーションサービスが与える付加価値というのは3つあると思っている。
1.縦の文脈:過去の関連する情報やモノとの関係
2:横の文脈:似たようで違う情報やモノとの関係
3.キュレーターそのもの・プロダクトそのもの
3はほぼ信者ビジネスと言うか、まあそういうものなので省略する。1はある情報やモノが時系列的にどのような意味を持つのかを明かしてくれることを指す。関係性の解説である。2は関係するけど別のものをとにかく並べる、網羅性である。
何故この3つがそもそもキュレーションサービスのもたらす価値なのかはさておき、上記のアグリゲーションサービスは、こうした3つの価値をもたらさない。アグリゲーションサービスは、文脈を作らない。ソーシャルメディアの持つ価値は、自分と自分のタイムラインにいるユーザーの関係性=ソーシャルグラフであり、その関係性の重みづけは、自分だけが知っている。
冒頭にあげた「Pittaa」は、リプライやファボ・RTなどを通じて、自分が気になっている人を機械的に抽出してくれるらしい。確かにやってみるとそれなりの精度はある。そりゃそうだ。その人が気になっているから、リプライしたりRTしたりお気に良りにしているんだから。話が逆なのだ。機械に頼みたいのは僕等の頭の中にあるソーシャルグラフとその重みづけをリバースエンジニアリングすることではない。
キュレーションサービスに頼みたいのは、今や僕等の周りに森林のごとく広がった消費空間の生態系を解体し、再構築することなのだ。つまりその商品や情報が持つ背景を教えてくれて、その文脈に連なる別の商品や情報を見せてくれることだ。キュレーションの時代とは、一億総大塚英志化である。
……みたいな話をどうも会社の某クローズドイベントで話すようです。というか話したい。その準備に書いたメモでした。色々具体的な話が抜けていたのはそういう理由。