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絶倫ファクトリー

生産性が高い

戦争と美意識


その授業でですね、最後にこういうことを聞いたのですよ。
資料が配られて、高村光太郎まどみちおなどの詩人が、戦中に戦争礼賛の詩を書いたと。彼らは戦後そのことを反省しているらしいんだけど、どういう詩を書いたかというと、戦争の精神的な礼賛ではなく、景観的で非精神的な礼賛の仕方なんですね。闇夜に光る砲弾の軌跡が美しいとか、いろいろ。そこにある詩人たちの戦争に対する「美意識」が、最前線に立たされている兵士たちが持つ国なり家族なりに対する「美意識」と、決定的に違う。この落差こそ問題なんじゃないかという。

この話、聞いたときは確かにと思ったんですよ。ところが、いざ試験を受けて考えていると、ふと僕の祖父のことが思い浮かんできたんです。

僕の祖父は戦時中南方、特にシンガポール周辺にいたらしいんです。ところが戦争の体験談みたいのは、そこまでしか話してくれなくて、そこで何が起きたかとかは一切話したがらない。まぁそれはいいんですが、ある夜祖父がテレビの旅番組を見ていて、シンガポールの町並みが映ったときのこと。

「死ぬ前にもういっぺんシンガポールに行ってみてぇなぁ」

僕はえらい驚きました。あれだけ戦争の話をしないんだから、非常に辛い体験をしたんだろなと思っていたのに、その戦地であったシンガポールにもう一度行きたい!

当然僕は祖父に「なぜ?」と聞きました。すると

「きれいだったから」

という答えが返ってきたのです。さて、こうなると先ほど書いた最前線に立たされている兵士たちが持つ「美意識」とは一体何なんだという疑問もわいてきます。まぁもう一度行きたい理由が、すべて「きれいだったから」ってわけじゃないんでしょうけど、ようやく口をついて出てきた戦争の記憶が「きれいだった」という言葉であった以上、先述の詩人たちが持っていた景観的で非精神的な美意識を、祖父も少なからずどこかに持っていたんじゃないか、とも思えるわけです。というか、おそらく祖父だけでなく、兵士は兵士である以前に普通の情緒ある「人間」である以上、そうした景観的な「美意識」というのは大体あるもんなのでしょう。しかし戦後兵士たちが持っていたとされる一般的な「美意識」というものは、あくまでも兵士としての美意識であり、それ以外の美意識というのはおよそ捨象されてきてしまった。
そしてそうした「人間」としての美意識は、語るべきではないという雰囲気が、どこかにあったのでしょう。

こうした、兵士が実は持っていた「人間」としての美意識を、戦争体験者たちが死に絶えてしまう前にすこしでもスポットライトを当て、描き出し、またそれをなぜ語ることができなかったかを調べることで、「兵士」と「人間」の狭間で苦悩した人々の姿が浮き彫りになるのではないかと思うのです。